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メタ神道とは何か

What Is Metashinto?
第零版alpha00
最終更新日――2015年7月22日(水)

目次

[第一節]概要

問一・一 この経典に書かれてることって何ですか。

この経典(「メタ神道とは何か」)に書かれているのは、 「メタ神道」(metashinto)と呼ばれる宗教についての解説です。

問一・二 メタ神道って何ですか。

「メタ神道」(metashinto)というのは、 神社の祭神は参拝者からのメッセージを任意の超自然的な存在者に取り次ぐことができるという教義を特徴とする、 神道の宗派のことです。

[第二節]宗教

問二・一 教義って何ですか。

「教義」(dogma)というのは、超自然的な命題のことです。

超自然的な命題というのは、 概念を分析することによっても、経験的な手段によっても、 真なのか偽なのかということを確かめることができない命題のことです。 たとえば、「直角三角形は三角形である」という命題は、 その中に含まれている概念を分析することによって、 真であるということを確かめることができますので、 超自然的な命題ではありません。 また、「和美は右目の下にほくろがある」という命題は、 本人を観察するという経験的な手段によって、 真であるか偽であるかということを確かめることができますので、 やはり超自然的な命題ではありません。 それに対して、「人間は死んだのちに星になる」という命題は、 言葉の意味を分析することによっても、経験的な手段によっても、 真なのか偽なのかということを確かめることができませんので、 超自然的な命題だと考えることができます。

問二・二 宗教って何ですか。

「宗教」(religion)というのは、 矛盾のない教義の集合のことです。

「宗教」という言葉は、通常は、儀礼、戒律、修行、 そして信者から構成される団体など、 宗教的だと感じられるすべての事象を指示するために使われます。 しかし、宗教の本質は、それらの事象の背後にある教義です。 儀礼や戒律や修行や信者の団体は、宗教の本質ではなく、 教義を背景として持つ付帯的な事象です。 したがって、儀礼のない宗教、戒律のない宗教、修行のない宗教、 信者から構成される団体のない宗教が存在することは可能ですが、 教義が存在しない宗教というのは存在することができません。

問二・三 「宗教とは矛盾のない教義の集合のことである」という定義だと、 神道のような教義を持たない宗教を「宗教」と呼ぶことができなくなるんじゃないですか。

大丈夫です。 なぜなら、いかなる宗教も教義の集合だからです。 神道も例外ではありません。 教義を持たないと思われている神道のような宗教は、 ただ単に教義が明文化されていないだけです。 教義が明文化されておらず、宗教的な事象の背景として、 非言語的に教義が存在しているだけだとしても、 それらの非言語的な教義の集合を「宗教」と呼ぶことは可能です。

[第三節]高階宗教

問三・一 自由変項って何ですか。

「自由変項」(free variable)というのは、命題の中にある、 そこに何かを代入することによって確定した命題を生成することができる、 未確定の部分のことです。

たとえば、 「私はxを愛しています」という命題は、 その中のxが自由変項ですので、確定した命題ではありません。 この命題から確定した命題を生成するためには、 xに何かを代入することが必要です。 たとえば、xに「太郎」を代入すると、 「私は太郎を愛しています」という確定した命題が生成されます。

問三・二 高階宗教って何ですか。

「高階宗教」(higher order religion)というのは、 宗教を代入することのできる自由変項がその中に含まれている宗教のことです。

高階宗教は、それ自体は確定した宗教ではありません。 その中に含まれている自由変項に対して何らかの宗教が代入されることによって、 確定した宗教が高階宗教から生成されます。 ちなみに、宗教が自由変項を含んでいたとしても、 その自由変項に宗教を代入することができない場合、 その宗教は高階宗教とはみなされません。

たとえば、高階宗教の一例として、 「信者教」(believerism)と呼ばれるものがあります。 信者教は、 「xの信者に功徳を施すと果報が得られる」という宗教で、 この中のxは、任意の宗教を代入することができる自由変項です。 したがって、信者教は、それ自体は確定した宗教ではありません。 その中に含まれているxという自由変項に対して何らかの宗教が代入されることによって、 確定した宗教が信者教から生成されます。 たとえば、キリスト教という宗教がxに代入されることによって、 「キリスト教がxに代入された信者教」という確定した宗教が信者教から生成されます。

問三・三 高階宗教の中の自由変項に代入する宗教って、 多くの人々に知られてる宗教じゃないといけないんですか。

いいえ。 高階宗教の中の自由変項に代入する宗教は、 多くの人々に知られている宗教ではなくてもかまいません。 高階宗教を確定しようとする人間自身によって作られた、 その人間以外は誰も知らない宗教であってもかまいません。

問三・四 高階宗教から生成された宗教を明文化するためには、 高階宗教の中の自由変項に代入する宗教に名前が与えられてる必要がありますか。

いいえ。 名前を持っていない宗教を高階宗教の自由変項に代入することによって生成された宗教も、 明文化することは可能です。

高階宗教の自由変項に対して宗教を代入することによって生成された宗教は、 もしも代入した宗教に名前があるならば、 その名前を使うことによって明文化することができます。 たとえば、 「キリスト教」という名前を持つ宗教を信者教の自由変項に代入することによって生成された宗教は、 「キリスト教がxに代入された信者教」という記述によって明文化することができます。

しかし、たとえ代入した宗教に名前がなかったとしても、 高階宗教から生成された宗教を明文化することが不可能になるわけではありません。 なぜなら、名前のない宗教を自由変項に代入した場合でも、 名前の代わりに、 その宗教の教義をすべて列挙した記述を使って、 「「……」という宗教がxに代入された○○教」という記述によって、 明文化することができるからです。

たとえば、 「人間は、死んだのちに新たな宇宙の創造者となる」という教義のみから構成される名前のない宗教が信者教の自由変項に代入されることによって生成された宗教は、 「「人間は、死んだのちに新たな宇宙の創造者となる」という宗教がxに代入された信者教」という記述によって、 明文化することができます。

[第四節]祭神

問四・一 神道って何ですか。

「神道」(shinto)というのは、 古代の日本において自然発生的に成立した宗教のことです。

問四・二 神道における祭祀って何ですか。

神道における「祭祀」(ritual)というのは、 神道において「神」(deity)と呼ばれる超自然的な存在者に対する、 饗応、慰撫、顕彰などを目的とする儀礼のことです。

問四・三 神社って何ですか。

「神社」(shrine)という言葉には二つの意味があります。 一つは、 「神道における神に対する祭祀を執行するために常設された施設」という意味で、 もう一つは、「施設としての神社を運営している、 人間から構成される組織」という意味です。

問四・四 祭神って何ですか。

Sを神社とするとき、Sにおいて祭祀の対象となっている神を、 Sの「祭神」(enshrined deity)と呼びます。

問四・五 神体って何ですか。

「神体」(enshrined object)というのは、 神道の神がそこに宿っていると認識されている物体のことです。

施設としての神社には、通常、神体が安置されています。 大多数の神社では、 鏡や剣や勾玉などの人工物にその神社の祭神を宿らせて、 それを神体として扱っています。

古代の神道においては、神は、 山や島や岩や滝や樹木などの自然物に宿ると考えられていました。 ですから、創建年代の古い神社の中には、 現在でも山や島や岩や滝などの自然物を神体としているところがあります。

問四・六 社殿って何ですか。

「社殿」(shrine building)というのは、 神社に建立されている各種の建造物のことです。

社殿のうちで、その内部に神体が安置されている建造物は、 「本殿」(main shrine building)と呼ばれます。 神体が山や島や岩などの巨大な物体である場合、 本殿は建立されないのが普通です。

神体の前方に、 人間がそこで何らかの儀礼を執行することを目的とする建造物が建立されている場合、 その建造物は「拝殿」(hall of worship)と呼ばれます。

[第五節]参拝者

問五・一 参拝って何ですか。

「参拝」(worship)というのは、人間が神社を訪問して、 そこにある神体に向かって、 何らかの超自然的な存在者に対してメッセージを伝達することです。

問五・二 参拝者って何ですか。

「参拝者」(worshipper)というのは、 神社に参拝する人間のことです。

問五・三 参拝者がメッセージの伝達の対象にする超自然的な存在者って、 参拝する神社の祭神のことですか。

この質問に対する回答は、 正統的な神道とメタ神道とで異なります。

正統的な神道においては、 参拝者がメッセージの伝達の対象にすることができる超自然的な存在者は、 参拝する神社の祭神のみであると考えられています。

それに対して、メタ神道においては、 参拝者がメッセージの伝達の対象にすることができる超自然的な存在者は、 参拝する神社の祭神のみに限定されません。 メタ神道においては、参拝者は、いかなる神社に参拝した場合でも、 任意の超自然的な存在者に対してメッセージを伝達することができる、 と考えられています。

問五・四 参拝者は、いかなる神社に参拝した場合でも、 任意の超自然的な存在者に対してメッセージを伝達することができる、 ということは、メタ神道では、 神社の祭神っていうのは不必要なものだと考えられてるっていうことですか。

いいえ。 メタ神道においても、 神社には祭神が存在していなければならないと考えられています。

メタ神道において、 神社には祭神が存在していなければならないと考えられている理由は、 超自然的な存在者に対してメッセージを伝達するためには、 そのメッセージを祭神に取り次いでもらう必要があると考えられているからです。

問五・三で述べたように、メタ神道においては、人間は、 神社に参拝することによって、その神社の祭神のみではなく、 任意の超自然的な存在者に対してメッセージを伝達することができると考えられています。 神社という施設が持っているそのような機能は、 そこにある神体に宿っている祭神が、 参拝者が発したメッセージを超自然的な存在者に取り次ぐという仕事を遂行することによって実現されているのです。

[第六節]被参拝者

問六・一 被参拝者って何ですか。

「被参拝者」(worshipped entity)というのは、 その存在者に対してメッセージを伝達するためにメタ神道の信者が神社に参拝する、 超自然的な存在者のことです。

問五・三で述べたように、メタ神道においては、被参拝者は、 参拝する神社の祭神のみに限定されません。

問六・二 被参拝者にすることができる超自然的な存在者って、 神道の神々だけなんですか。

いいえ。 被参拝者にすることができるのは、 任意の超自然的な存在者です。

たとえば、キリスト教の三位一体の神、仏教の諸仏や諸菩薩、 道教の神々、 ヒンドゥー教の神々を被参拝者にすることもできますし、 すでに亡くなった人間の霊を被参拝者にすることも可能です。

メタ神道は、「神社の参拝者は、 xにおいて存在が主張されている任意の超自然的な存在者を被参拝者にすることができる」という教義を持っています。 この教義の中に含まれているxは、 宗教を代入することができる自由変項です。

問三・二で述べたように、 宗教を代入することのできる自由変項がその教義の中に含まれている宗教は、 「高階宗教」と呼ばれます。 メタ神道は、 宗教を代入することのできるxという自由変項がその教義の中に含まれていますので、 高階宗教の一種です。 この宗教は、 xという自由変項に対して何らかの宗教が代入されることによって、 確定した宗教を生成します。

たとえば、 キリスト教という宗教がxに代入されることによって、メタ神道は、 「キリスト教がxに代入されたメタ神道」という確定した宗教を生成します。

問六・三 メタ神道が持っている自由変項に対して何らかの宗教を代入するという操作は、 メタ神道の個々の信者が自分で実行しないといけないんですか。

いいえ。 メタ神道の信者は、 メタ神道が持っている自由変項に対して何らかの宗教を代入するという操作を自分で実行する必要はありません。

なぜなら、メタ神道においては、 メタ神道という高階宗教から確定した宗教を生成する主体は、 参拝者ではなく、神社の祭神だからです。

神社の祭神は、参拝者の脳をスキャンすることができます。 そして祭神は、 その参拝者がいかなる超自然的な存在者に対してメッセージを伝達したいのかということを調査して、 その存在者が存在するということを主張する宗教を生成して、 それをメタ神道の自由変項に代入することによって、 その参拝者のための宗教を生成します。 そして、 その参拝者が頭の中でその存在者に語りかけたメッセージを、 その存在者に取り次ぎます。

ですから、 メタ神道の信者が超自然的な存在者に対してメッセージを伝達するために必要なことは、 ただ単に、神体の前で、 その存在者に頭の中で語りかけることだけです。

問六・四 メタ神道の信者が神社に参拝する場合、その作法は、 被参拝者が誰なのかということに応じて変化することになるんですか。

いいえ。 神社に参拝する場合の作法に関して、 正統的な神道とメタ神道との間に相違はありません。

メタ神道における参拝の作法は、原則的には、 被参拝者が誰なのかということにかかわらず、 正統的な神道における参拝の作法と同じ、 二拝二拍手一拝です(ただし、 すべての神社において、 参拝の作法が二拝二拍手一拝であるとは限りません。 たとえば出雲大社の二拝四拍手一拝のような、 それとは異なる作法が定められている神社では、 その神社の作法に則って参拝する必要があります)。

正統的な神道と同じ作法をメタ神道が採用している理由は、 その所作が、被参拝者に対するメッセージではなく、 正統的な神道の神である祭神に対するメッセージだからです。 最初の二拝二拍手は、 「これから被参拝者に取り次いでほしいメッセージを述べますので、 よろしくお願いします」というメッセージで、最後の一拝は、 「メッセージを取り次いでいただき、 ありがとうございました」というメッセージです。 したがって、二拝二拍手と一拝との間が、 被参拝者に対して伝えたいメッセージを頭の中で述べる時間ということになります。

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